Diary 2013. 6
メニューに戻る
6月12日 (水)  『世界が食べられなくなる日』

梅雨だといわれてから久しぶりに小雨模様の渋谷
『世界が食べられなくなる日』を観に UPLINKという映画館へ行きました。

ちょつとした人なら 個人のシアタールームでも
これくらいはあるんじゃないかと思うような狭い映画館。
定員は40名程度。

そこに EXILEのメンバーのひとりがいたことは
どうでもいいことですが 追記しておこう。

映画は フランスの監督によるもの。
遺伝子組み換え食物が人体に与える影響をモルモットで実験
その経過と結果。
その食物の生産にかかわる弊害と反核。

・・・というより 全てを公表しない公表させない
国際的な経済の裏事情を描いているようだ。

遺伝子組み換え食物だけでなくとも
現代 体に悪影響を与える食べ物は 少なくない。

以前 「スーパーサイズ・ミー」という
1ヶ月間1日3食マクドナルドのみ食べ続けたらどうなるかを追いかけた
ファーストフードに警鐘するドキュメンタリー映画があり
私も観ました。
・・・が 話題こそなりましたが いまだマックの勢力は衰えることはありません。

映画の中で 農薬や放射能による汚染に関しての映像が流れます。

この映画が正しいことを言っているのか カルト的なまやかしなのかは
判断できませんが
農薬にしても 放射能にしても
見えない 感じないというのが一番恐ろしいことだと感じました。

多分 遺伝子組み換えの作物を食べたとしても
それが おいしく調理されていれば おいしく食べるでしょうし

たとえ 高い数値の放射能に汚染されたところでも
のどかな田舎の風景を見れば 「なんて空気がおいしいんだろう」なんて言いかねない。

また その害に関しても
本当に10人中 ほとんどの人に影響が出るものなのか
立証できるものが なかなか公正な立場で見ることはできないだろう。

たとえば 原爆が落とされ 戦後 広島と長崎は
除染されることもなく ただちに復興の一途をたどったわけだが
戦後 広島・長崎に他の都道府県よりも
発癌者や奇形が多いというデータはあるのだろうか。
私の90代の祖母も原爆手帳を持っている
私自身は 被爆二世や三世ではないが 
生活していて直接的に それを裏付けるようなことも少ない。

ただ 私は この映画のモルモットと一緒で
広島・長崎の原爆に関しては戦争を終わらせるためではなく
実験データの収集でしかないと思っている。
それに関しては 長くなるので書かないが
いまだに 原爆手帳を持っている人が亡くなれば
まず最初に言われるのは 検体要請だという。

唯一 この映画に物申すなら
広島・長崎のことは 過去のことで
福島をクローズアップしていること。
ここでは書けないが
未だに 広島・長崎出身で
その影響で差別され生活がしづらくなっている戦争を知らない世代もいるのです。


もう一つ この映画を観て感じるのは
やはり 世界は少数の富裕層の上に動かされているのかということ。

歴史的に 戦争や内乱で多くの人が犠牲になっているわけだけれど
もしこの映画が 真実であれば
間接的に それと変わらない影響を平和というオブラートにくるんで
受取っていることになる。

少し違う話だけれど
携帯電話の普及と 若年性脳腫瘍の数が比例して増えたという話を聞いたことがある。
だからと言って それを立証できるわけもなく
できたからといって 携帯電話が無くなるとも 皆が使わなくなるとも思えない。

その時代に  常識と非常識があるとするなら
常識は 常に大多数ということで 少数派は正しいことを言っていても
そっぽを向かれてしまう。

天動説が常識の時代に 地動説を説くようなもので
そんな話は少なくない。
または 過去にタイムスリップして
お侍に「200年後には 板の上で指を動かすだけで 世界とつながるものができるんだ」と
言っても到底信じてはもらえず想像すらできないだろう。

もし未来にしかわからない 負の遺産が
今の生活の中で作られているとしたら とても怖いこと。

映画館で 「この映画をどこで知りましたか?」というアンケートに
私は ラジオと答えたが
私が知る限り テレビや広告で この映画のCMを見ることはない。

国としては TPPや原発を 推進したい今 
一番見てほしくないものなのかもしれない。

国産牛の全頭検査も廃止に追いやったし
経済的に何となく薄明るく見えてきた今 
脱原発は何処へやら やはり金のなる木は手放せない。

いろんなことが密接にからみあい 情報淘汰されたものだけ身の回りに置かれる
都内でこの狭い映画館だけで上映されることが 少し怖く感じた。

福島の農家でもう稼業は続けられないと
自ら命を絶った方の残された年配の女性が
「地震や 津波だけならどうにかなったんです・・・
原発さえなければ・・・原発さえなければ・・・」

会場では あちこちで鼻をすする音。

こんな人が どれだけいるのだろう。
これは あきらかに地震の犠牲者ではない。
こんな人が これからの未来 どれだけ増えるのだろう。

映画を観終わって
先日の日仏首脳会談で 原発推進合意
両者笑顔で握手する写真を思い出した。
世界は ゆっくりとどこに向かっているのだろうか

アメリカの大統領は「核なき世界」・・・と訴えただけでノーベル平和賞をもらったのだが
それが真意なら ベトナムの地雷のように 少しずつでも減らしてもらいたいものだ。 


【この映画に関するブログはこちら】
http://areu2011.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

20130612-1.jpg



6月29日 (土)  富士山須走口五合目

富士山が 世界文化遺産に登録されました。
私としては サザンが復活したことの方がうれしいニュースですが
7月1日から富士山 山開き。
これはこの夏 人でごった返すんだろうな・・・と思い
そうなる前に 富士山5合目から日の出を見たい!と
先々週の月曜日 仕事を終え 帰宅後さっと汗を流して
一人 車で静岡側の富士山須走口五合目に向かいました。
五合目に行くのは初めて。

天候は曇り次の日の予報は雨。
日の出は拝めなくても 一人ドライブはワクワクする。

21:00 寒いだろうと 毛布とダウンジャケットをもって車に乗り込み
ナビに目的地を入力しようとしたが 
住所・電話番号など五合目ってどう入力してよいかわからず
とりあえず 未入力のまま出発。

東名高速用賀インターから御殿場
行けば何とかなるでしょ。

22:30 御殿場インターすぐ手前の 足柄サービスエリアへ到着
人気のほとんどないサービスエリア。
晩飯食べてないので かき揚げ丼セットを注文。
これはまた来たときは食べたい!と思うくらい サクサクでおいしかった。

空腹も満たされ 土産物コーナーを物色
レジのお兄さんに須走口五合目までの行き方とナビの入力を聞く。
聞いた通り「道の駅 すばしり」を入力していざ出発。

高速を降りて車のほとんどない138号線を9kmほど走る
知らない道とほとんど車のいない暗い道だけに距離よりも遠く感じる。
ナビを入れておいてよかった・・・。

須走五合目につながる ふじあざみラインに入る。
より山道になり あたりは真っ暗。車のライトが照らすところだけしか見えない。

さすがに心細く ラジオの音量を上げた。
すると前方にライトに赤く光る眼が。

鹿だっ!
それも何頭も。
五合目までに 何頭とすれ違ったろうか。
まるでサファリパークの中を走っているよう。

12:00 須走口五合目駐車場に到着。
駐車場の入り口付近 車を一台確認。
車のわきにテント。どうやらテント泊のようだ。
申し訳ないが 駐車場に入る時 思い切りテントをライトで照らした。
起こしちゃったかな・・・。
結局 50台くらい止められる広さに車2台
さすがにその車から少し離して停車。エンジンを切る。
真っ暗・・・真っ暗・・・真っ暗・・・・。

もっていったLEDライトを手に車外に出る。
寒い!気温8度
ダウンを着て再び車外に。
下はゴツゴツした石と土。
足元を見ながら 駐車場端の眼下に町の明かりが見えるところまで歩く。

いい加減寒いので車に戻る。
途中 天を仰ぐと 満天の星。
これはきれい・・・口もあんぐり。

しばし眺めて やはり寒いので車内に戻り
後部座席で毛布をかぶり就寝。

のどが渇き 起きた。
けれど視界は真っ暗・・・真っ黒
腕時計のバックライトをつける
2:30
水を飲みまた寝る。
日の出は4時過ぎの予定。

少し物音がして目が覚める。
薄明るい 視界が黒からグレーになった。
飛び起きて時計を見る
4:00

隣の車の人の一人が起きて登山の準備をしていた。

カメラをもって車外に出た。
「おはようございます」と私「おはようございま〜す」と隣の方
やはり寒い。。。。日の出前はよけいに寒い。

眼下には 朝霧なのか雲なのか
かすんだ山 でも空気は澄みきりこういう寒さは気持ちいい。
鳥が多くさえずり 時折 キーンと多分鹿の声。

後ろには富士山がそびえてるのだろうが雲に隠れて見えない。

だんだんと明るくなり 空気も少しずつ暖かくなってくる。
時計を見るともう日の出の時間。
あのあたりに太陽があるんだろうと思うところの雲が明るい。

散々写真を撮り 駐車場より少し下の案内所まで歩いて下った。
歩くと思いのほか傾斜がきつい。
案内所は締め切られ 人もいそうにない。

また駐車場に戻るために歩くが 息がし辛い・・・やはり少し空気が薄い。
標高2000m

車に戻り もってきたおむすびを 朝の景色を見ながら
岩場に座って食べた。格別。

隣の車の人は 初老らしい男性二人と女性が一人。
登山口に歩いて行かれた。

5:15 一人 ひとしきり景色を楽しんで車に乗り下山。

下りは昨日何も見えなかった山道の景色を楽しみ
窓を開けて 冷たい空気に触れながら走りました。

昨日いた鹿たちは何処に行ったんだろう。

なぜかドライブは 行より帰りが早く感じる。

あっという間に東名御殿場インター
いざ東京。

7:15 「自宅に到着しました。案内を終了します。
移動時間2時間30分 移動距離130km 運転お疲れ様でした。」とナビの声。
今回は 残念ながら日の出は見られませんでしたが
たまには良いもんです。一夜ドライブ。

長い由なし事 読んだいただき これまたお疲れ様でした。
ありがとうございます。



20130629-1.jpg 20130629-2.jpg 20130629-3.jpg