Diary 2005. 4
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4月4日 (月)  アンデルセン

こんにちは。
今日は 午前中の雨もあって少し寒い1日でしたが
先週末 駒沢公園を通ると もう朝から青いシ−トひいて
花見準備OK!といった人たちが見られました。
・・・来週末あたり 見頃かもしれませんね。

今回は 少々お国自慢のお話。

東京に来て はじめて勤めたのが南青山のヘア−メイク事務所。
よく青山のアンデルセンで パンを買っては懐かしく食べていました。
ちなみに スパイラルの二階の踊り場も案外穴場で ゆっくり町をみながら食べられます。

このアンデルセン 本店は広島にあります!

少し調べてみると
1948年に 広島市比治山本町にて高木俊介、彬子夫妻及び従業員2名の4名で創業。
1951年 株式会社「タカキのパン」設立
1952年 広島市本通に、パンホールを開設
1967年 被爆建物 三井銀行元広島支店を買いうけ
広島市本通にベーカリーとレストランの複合店「アンデルセン」オープン
1970年 東京港区南青山に青山アンデルセンオープン

・・とありました。

東京でも パン好き(特にペストリ−好き)の人は
「アンデルセンは広島に本店があるんですよ」って言うと
「行ってみた〜い」と返ってきます。
ほんと 好きな人は 広島観光のついでにアンデルセン本店にも寄ってみてはいかがでしょう。
パンの他に レストランやワインコ−ナ−まであって
パン屋の域は越えてます。
私も これを見るまで 建物が 被爆建物 三井銀行元広島支店とは知りませんでした。

今回は ほんと何の目論見もない文章ですが
ちょっと豆知識でした!!

それでは!




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4月13日 (水)  桜咲く

こんにちは。
最近 ご予約のお電話をいただくと「すごい声ですね・・・大丈夫ですか。。。」とよく言われます。
私にしては 今年は思ったより軽いかな・・?と思っております。
お聞き苦しくて申し訳ございません。
それも もう少しの辛抱です・・。

・・・と私は こんな具合で花見どころではありませんでしたが
皆さんは 桜満開の先週なんぞ いかがお過ごしでしたでしょうか。
桜満開の木の下 強風に泣きながら楽しく?宴をしているのを目にしました。

そんな宴ではなく さくらのお話。

桜の季節・・といえば 入学シ−ズン。
入学といえば 試験・・試験といえば合否。
・・というわけで
日本では 《桜咲く》とか《桜散る》で合否を告知することが多いとか。
この事に関して 先日あるコラムに
『こんな短い言葉で告知され 集団の一員ですよとでも 言わんばかり
欧米では 合格に関して あなたがこの大学に入るにあたり
どんな意味を待っているか・・と一人一人違う文章で綴られてくる』と書いてありました。

私は 個人的には《桜咲く》《桜散る》はいかにも日本的ですし季節的で嫌いではありません。
ただ 《散る》という表現はかなり大和魂的なものでもあるのでしょうか。
それはさておき この短い言葉のあとに 何かもう少し具体的な 
ハ−トフルな言葉があれば良いという事でしょうね。
 皆 駒のひとつ・・という考え方より
一人一人が 違う個人として尊重されるべきである・・ということでしょうか。
そういう意味では お客様一人一人を大事に考えたいという
a-reu a-reuはこちらの考え方に近いのかな。

どちらにしても 行く側と 迎える側の気持ちがどうであるかが一番大切なのですが。

新しい生活をスタ−トする人も
今までと何も変わりはしない毎日な人も
やはり桜は大きな変化を感じさせてくれます。

それでは!

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4月30日 (土)  無題

こんにちは。とうとうGWに突入!
もう都会の喧騒を逃れて 心地よい風を受けている人もいるんではないでしょうか。

今日は 新聞のコラムから。

太平洋戦争中、敵国として戦った日本と英国、
オランダの潜水艦乗組員の遺族らが、長崎の佐世保に集い
慰霊碑の横に 桜の木を植えたという
【許しあえるのは60年の歳月ゆえかもしれない
でも、親同士が殺しあった我々が一緒に桜を植えることで
争うことの無意味さを伝えられれば】

最近 お店で 反日報道について聞かれることがあります。
あまり政治的なことや宗教的なことは
いろいろな人の立場や 境遇もあるので
あまりしませんが この場を借りて私なりの意見を少しお話したいと思います。

今まで 多くの侵略や抗争によって 国は今の形を作り
今も尚進行しています。
フランスとイギリスも今だ内面的には敵視しているとも聞いたことがあるし
インディアンから奪い取り 作り上げたアメリカ。
開拓という名で コレラのついた毛布さえ渡し 白人以外は見たらすぐに殺したとも聞きました。

高校の時【悪魔の飽食】という本を読んで 深く考えさせられたことがあります。
鬼畜米という言葉は聞いていましたが 日本人も鬼になっていたんですね。
戦争とは すべてを鬼にするのかもしれません。

反日暴動の報道がされています。
デモの内情は 色々といわれていますが
結局のところ 「大男、総身に知恵が回りかね」で
経済成長する一方 大資源輸入国にもなり
国民生活は困窮し 中国共産党への怒りのひずみからと言われています。

確かにそうかもしれません。
ただ それが日本の戦争責任についてばかり言われていますが
中国の侵略劇はどうなのでしょう。
例えば 1949年からのチベット侵略。
多くのチベット人が拷問され、少なくとも120万人のチベット人が死亡し、
6千カ所におよぶ仏教寺院が破壊され、
数え切れないほどの美術品やチベットの文化遺産が破壊された。
また、チベットに暮らすチベット人は発言、宗教、表現の自由を奪われました。
一方的な投獄が相次ぎ、ダライラマの写真を保持する、
といった非暴力の抵抗すら厳罰に処されたのです。
彼らは拷問され、その多くは死んでいったといいます。

愛国教育で自国の事ばかり進めるより 戦争や侵略をこれ以上なくしていこうという
平和教育の方が 国際的には必要なのではないかと思います。

私も 広島に生まれ 小学校で平和教育を受けました。(これは 被爆地だけなのでしょうか?)
原爆資料館で悲惨な写真も見ましたし
なにより 子どものころ 町を歩いていると 
まだ 体に大きなケロイドを幾つも持った人たちを大勢見ました。
しかし それらを見て アメリカを憎むというより
戦争の怖さの方が感じられました。

日本軍人も他の国で鬼になっていたとは思いますが
原爆で広島20万人・長崎7万人 東京空襲で10万人
さらに 沖縄や多くの本土でも犠牲者は出ている。
これだけの一般国民が犠牲になった国もないと思うのです・・・。

あまりに歴史に鈍化している部分は否めないかもしれませんが
ただ 反日暴動(あれはデモではない。デモとはもう少し文化的な抗議だと思う)
で映っていた人達は 私の目には 少し鬼に近づいていたように見えました。

憎しみからは何も生まれない事は 多くの人が解っていることだと思うのです。

それでは。