Diary 2008. 1 |
1月5日 (土) イメージ 2008年が スタートしました! 今年も宜しくお願い致します。 新しい年を迎えて 今年の抱負をなんとなく考えてみるのですが やはりここは 日々の積み重ね 何か 大きなことをしようとするよりは 今年は 去年から継続していることを 少しずつ形にしていこうと思います。 前にも 紹介した本で 赤川次郎の『イマジネーション』という本があります。 その中で 「《想像》することは 《創造》することでもある」といわれています。 夢を現実にとか 大げさなものではないけれど 自分を 前向きに進めていく大きな力になる言葉だと思いました。 えてして イメージは 現実になることがあります。 いいイメージにしても 悪いイメージにしても・・・ どうせなら 良いイメージをいつも持ちながら過ごす。 イメージが 全て形になると これは 凄いことですが そんな 極端なことではなく 少なくとも イメージすることは始まりなだけで 悪いイメージを持てば 良いことも起こる可能性がなくなる・・・ということだと思います。 昨年は いろんな人や 話で 『イメージすること』と多く出会いました。 これからは 少しずつ 形にしていく 創造していく年なのでは・・・と思う年頭です。 それでは 皆様にとって 良い年でありますように! |
1月16日 (水) 『PLUTO』(プルートウ) こんにちは。 一月も半ばを過ぎました・・・東京もここ数日は寒い日が続きます。 ゆっくり過ごした正月も もう二週間前のこと。 正月休みは 読めなかった漫画『PLUTO』(プルートウ)を現在出ている5巻まで読みました。 浦沢直樹が手塚治虫の『鉄腕アトム』「地上最大のロボット」のリメイクとして作られた作品で 最新の5巻まで読んでみて 作者の意図がプルートウとともに見えてきたように思います。 完全なロボット(人間?)を作ろうとして いろんな人格をデータとしてロボットの中に入れた時 そのロボットはどうなると思います? この話の中では 動かない・・・のです。 これからのことをいろいろシュミレーションしすぎて・・・。 あまりに多くのデータは 時に行動を妨げます。 私は 名匠同士の 将棋の試合に近いものがあると思いました。 あまりに先が見えすぎて 先に進めない。 このデータを 単純化するのが 時に偏った感情だったりするわけです。 私も 岐路に立ったとき「ごちゃごちゃ言う前に やってみろ」と言われた事があります。 そのとき 一歩を動き始める機動力になったのは 希望であり 不安であり 夢であり 悔しさだったりします。 今現在 ロボット開発は目覚しく 運動能力的にもホンダのASIMOなど見れば小さな子ども程度のことはできるようになりました。 人工知能もよりスピードを増して開発されていくでしょう。 事実 チェスの世界チャンピョンにロボットが勝っていますし 2050年には人間対ロボットのサッカーの試合の実現を目指しているといいます。 ロボット開発・・・より人間に近づけるために ついてくるものは (感情)です。 『PLUTO』の5巻でも(憎しみ)という言葉が多く出ます。 確かに 何気なく見ているロボットアニメ アトムにしても ドラえもんにしても 感情があります。 この感情のあるロボットが実際にいたとき 世界はどうなるんでしょうか? アニメのような世界が広がるとは 到底思えません。 人間が 完璧なものを創造しようとしたとき 『完璧』なものとはなんでしょう。 肉体が完全なものを求めすぎると 時に人は 命を捨ててしまいます。 ロボット(機械・物)の最後は <壊れる> 生き物の最後は <死> これは 以前読んだ 生き物とは・・・という本にも繋がるのですが この <壊れる>と<死>はこの先 どういう関係になるんでしょう・・・。 ただ 人間が生きていけるのは 感情があっても 不完全な生き物だからだとこの漫画は語りかけます。 手塚治虫が アトムを「自身最大の駄作だ」とまで言った意味の裏に 医師でもあった手塚治虫の本意が『PLUTO』を通してわかるように思いました。 |